ともきちブログ

ニューヨークでのバスケ生活&英語学習などなど

ともきち(木下友貴)

こんにちは。ともきち、こと本名木下友貴です。

今僕はニューヨークでバスケしているんですけど、僕の経歴をここで紹介したいと思います。ま、もっぱらストリートなんですけどね。

経歴

泣く泣くスポーツ少年

僕は中学校の時に初めてバスケ部入ったんですけど、その前はラグビーやってました。

好きでやってたと言うより真逆で、いわゆる体育会系の父に無理矢理週に一回ラグビースクールに通わされていた、という感じです。

父はずっとスポーツ推薦でやってきた人間だったので、息子の僕のこともそう育てたかったのでしょうね。

とにかく小学校時代は泣く泣くラグビーやってた僕だったので、中学校に入ったら絶対にラグビーだけはやらないでおこう、と固く決意していました。

もーラグビーじゃなかったらなんでもいい、みたいな感じで

ラグビー関係者なんかすみませんね。

そこで白羽の矢が立ったのがバスケ部だったんです。

公園でやって結構楽しかったからバスケ部

もちろんその前から公園、というか学校の校庭でバスケやってて楽しかったから、というのもあります。

だから僕が最初に出会ったのはストリートのバスケだったと言えますね。

(続く!)

(続きはとりあえずこちら!)

木下友貴

1988年   大阪市に生まれる

1998年ごろ 無理矢理ラグビーをやらされる

2001年   中学校でバスケ部に入るも弱小チームで顧問の先生もままならない状態のまま、ダンクへの夢を募らせる

2004年   高校のバスケ部はそこそこ強い部活だったがダンクしたいがためにあえてやめる。他運動部に所属してストリートでバスケをやる。

2007年   行った大学の校舎まさかのバスケ部なかった。退学を考えるも、先輩から「卒業した方がいいよ!絶対後悔するよ」と言われ思いとどまる。

2011年   アメリカニューヨークへ

2019年   「ともきちブログ」を始める

おまけ)ライター紹介

ダンカーのヨメ

1988年   奈良県に生まれる。

1990年ごろ こけた時に顔から倒れて鼻を負傷、人間において転んだ時に手をつくのは生まれ持った本能ではないことを赤子にして証明するという偉業を達成する(今でも鼻に傷がある)。

2001年   エッセイが「ならだより」的なのに掲載されたのをきっかけに物書きに目覚める。この頃、体育の内申点でラジオ体操で1点/5点をつけられて内申点を稼ぐためにどうしたらいいか先生に尋ねるも諦めるように言われる。

2004年   高校入学時にテコンドーをしていたイトコに憧れて心機一転日本武道系の部活に入りたい旨を伝えるも父から「お前には無理勉強しろ」と言われて帰宅部になる。

……というわけであまりの運動能力のなさに、これまでスポーツする機会をことごとく打ち砕かれて今に至る。

投稿日:2019年10月2日 更新日:

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人物紹介

夫(ともきち)…ブログの管理者(原作者)。中学校でバスケ部、ダンクするために高校では他運動部に籍を置きつつストリートでダンク&バスケをする。ほぼノンキャリアで22歳でアメリカに来て武者修行、D1の選手やマイナープロ、ラッカープレーヤーとやってきて認められるまでになる。今はウィンドミルダンクを決めるため、ジャンプ力110cmを目指す。

性別:男

身長:174cm(靴なし)(5’9”)ウィングスパン184cmくらい

必殺技:ドライブを得意とする。スラッシャー。

最高ジャンプ力:1mくらい